• 2013年07月29日

忘れるな福島!中越沖地震6周年 柏崎刈羽原発ハイロ7.28県民集会

7月28日(日)柏崎市産業文化会館において、「原発からいのちとふるさとを守る県民の会」主催の「柏崎刈羽原発ハイロ7.28県民集会」が開催されました。

集会では福島大学准教授荒木田岳さんによる原発事故被害者の訴えや、原発コンサルタントの佐藤暁さんによるフィルター付きベントと新規制基準の問題点についての講演、弁護士和田光弘さんによる柏崎刈羽原発差し止め訴訟の現状などについて報告がありました。

荒木田さんの訴えは非常に胸に迫りました。以下のような内容です。

自分は福島市に、家族は新潟市に暮らしている。

福島県の放射線についての情報は多数出ているが、これらはまずは改ざんされていると言ってよい。

モニタリングポストのまわりだけを除染し、数値が低く出るようにしているというようなことは福島県民なら皆知っている。我々はモニタリングポストのことを“除染ポスト”と呼んでいる。

このことからわかるように、放射性物質についての対応や情報の出し方は、事故発生直後から問題があり、自分がもっとも驚いたのがこのことなのである。

実は福島県庁は建屋が吹き飛ぶ前から放射性物質のモニタリングは行っている。建屋が吹き飛ぶ前からテルル132という半減期が短い放射性物質が検出されている。

自分の耳にもこのような情報が入ってくる位だから、マスコミはもちろん知っていた筈だ。自分もマスコミに訴えたが、ほとんど無視された。

甲状腺がんは確定が12人、疑いが15人とのこと。県は原発とは関係ないと言っている。しかし本当は心配なのだ。関係ないとしながら、実は色々な対策を講じようとしている。

皆さんに知ってほしいのは、ひとたび事故が起こると、こんなことが起きるのだということだ。

原子力コンサルタントの佐藤氏の講演は次のとおり。

ABWR改良沸騰水型原子炉は、東電・GE・東芝・日立による共同開発で、初号機が柏崎刈羽原発6号機である(1996年11月)。

原子炉の下部にある多くの配管をなくし、配管破たんのリスクを減少させたと言われている。

しかしこれは既に、1970年代のオルキルオト1・2号機で採用されている。

過酷事故対策にしても、前述のオルキルオト1・2号機にはフィルター付きベントは設置済み。

またコア・デブリ・キャッチャーと言って、万一原子炉から燃料が漏れだして格納容器内に落ちても冷却できる仕組みを備えている。

米国の標準設計ABWRは、原子炉から漏れ出した燃料を冷やすための水は、格納容器が非常に高温になった際(燃料が漏れ落ちるような事故の時)、人間が何の手を加えなくても水が注水される仕組みとなっている。これらの設計はパッシブ設計という。

つまり最悪の事態に際に、人間が果たしてその操作ができるかどうかわからないというような操作をなくしている。

その他にもテロ対策を念頭に置いた高圧注水ポンプや、最悪の場合にタービンの羽根が原子炉に方向に飛んでいかにように原子炉と羽根の向きを直交にするなどなどの義務付けがある。

フィルター付きベントには問題や限界があるが、効果が認められることも事実。希ガス成分には無効だが内部被ばく低減・土壌汚染防止には有効。

自分は次のそれぞれの立場の者に提言したい。

原子力規制委員会に対しては、政治的圧力に屈しない強い信念、規制基準はノンストップで更新や改定を行うべきだということ

電力事業者に対しては、原子力規制委員会への敬意や立場を尊重すること(安全が証明されなければ不安全ということ)、またタービン軸の原子炉への直交・原子炉建屋天井の強化・溶融炉心冷却系統のパッシブ設計などなどを

プラントメーカーに対しては、積極的に日本の原子力安全の推進に寄与すべきだ。プラントメーカーが(知っていることを)沈黙するのは国益を生まないなどなどを提言したい

などとしました。

柏崎刈羽原発運転差止め請求訴訟の脱原発新潟県弁護団の和田光弘弁護士は、訴訟の進行状況について報告し、広く「東電・柏崎刈羽原発差止め市民の会」への参加を呼びかけました。

和田弁護士によれば、裁判の度に福島の人々がいかに事故後大変な状況になっているかを語っているのに、東電は「原告は福島原発事故による人権侵害を具体的に立証せよ」と平気で言っているとしました。

また裁判官は、福島原発事故を経験して、それを踏まえた公判を行うべきだと考える裁判官がいる一方、福島原発事故を前提としなくとも良い、これまで通り手続きさえ間違いなく行っているかどうかを見ればよいと考えている者もおり、今回の訴訟も全く予断は許さないと訴えました。

さて佐藤氏の講演は、日本の規制基準は米国のものと比較して全く不十分なものだという内容でした。

では米国並みに安全対策を高めれば、原発は十分安全と言えるのか?、それほどまでに重装備にしなければならない原発でつくる電気は安価なのか?、またそのような原発で電気を作り続けることを選択する必要性はあるのか?…などなどと言いたくなります。

しかしまあ、これまでの日本の原発の安全対策は、極めて不十分だということですから、原発が現存する中で、その原発には少なくても米国並みの安全対策は備えさせる必要があるということなのでしょうか。